ココアを飲むことで記憶力の改善はされるのか?

ココアの効果
「ココア一杯で、高齢者の記憶力が『典型的な30〜40歳レベル』になる」。
ココアパウダーの大缶を買うためにスーパーマーケットに走り出す前に、ちょっと止まってこの見出しをむしろ損なういくつかの事実を検討しましょう。
このニュースは、「フラバノール」を高濃度に配合した特別な配合のココアベースの飲み物が、正確には高齢者の記憶力ではなく思い出すスピードをわずかに速くしたということを発見した小規模な研究に基づいています。
期間がわずか3ヶ月間のこの研究では、被験者の脳スキャンも調べました。脳スキャンの結果、認知と記憶に関与すると考えられる脳の領域(歯状回)で活動の増加が見つかりました。
実験で見られたわずかな改善が、日常生活や機能に大きな影響を与えるかどうかを判断するのは困難です。食生活を少し変えるだけで、認知症や加齢に伴う認知機能の低下を止めたり若返らせたりできるという見通しは非常に魅力的です。しかしこの研究の結果は、実験に使われた特定の製品が認知力と記憶力を改善する可能性があることは示唆していますが、確実に証明するものではありません。
ココアは「脳への血流を高める」という主張
ココアフラバノールが認知能力の改善能力に結びつけられるのは初めてではありません。2013年にも、ココアが脳への血流を改善し、認知能力を高めるかもしれないという説が取り上げられたことがあります。
このタイプの研究は、その当時も今もアルツハイマー病や他のタイプの認知症の人を被験者にしていないので、ココアがこれらの疾患を予防し得るという主張は支持できません。
この論文は誰が執筆しましたか?
この研究は、ニューヨークに拠点を置く大学の研究者によって行われ、米国国立衛生研究所からの助成金と、Mars Incorporatedから「無制限助成金」を受けました。
研究者はMars Incorporatedにも雇用されていたので金銭的な利害の衝突があったと、そのうちの1人が明言しました。Mars Incorporatedはチョコレート製品の世界有数のメーカーの1つであり、潜在的に利害の衝突は起こりえます。研究は査読された上で雑誌Nature Neuroscienceに掲載されました。
大部分のメディア報道では、ココアが記憶力を改善するのに効果的であることを示す研究として紹介し、ココアが物事をよりよく正確に思い出せるようにしてくれるという印象を与えるものでした。実際には研究はもっと限られたものであり、改善は記憶タスクの正確さではなくスピードでしか見られませんでした。
最も無責任な見出しはIndependentの「ココア一杯で、高齢者の記憶力が『典型的な30〜40歳レベル』になる」というものと、Daily Expressの「ココア一杯で脳を刺激できることが最近の研究で判明」というフロントページの見出しです。このような記述は時期尚早であり、誤解を招く可能性があり、この研究単独では証明できません。
Independentの残念な見出しは、コロンビア大学の研究に関するプレスリリースを単にオウム返ししただけかもしれません。プレスリリースでは、研究者の一人が「研究の開始時の被験者の記憶力が典型的な60歳レベルなら、3ヵ月後には記憶力は平均して30歳、または40歳になっているでしょう」と述べていました。
この実験では30〜40歳の被験者は募集しなかったので、このプレスリリースは単なる仮定だと思われます。主な研究刊行物自体もこのような大胆な主張はしていません。プレスリリースに限定されていました。
大規模で長期にわたる実験をすれば、高フラバノールサプリメントを使用した場合、認知能力と記憶力が均整を保ちながら改善できるかどうかがわかるかもしれません。
これはどんな研究でしたか?
これは、高齢者の加齢に伴う記憶力低下に対して低カカオ食や高カカオ食がどのように影響するかを調べる、小規模な無作為比較対照実験でした。
研究者らは、歯状回と呼ばれる脳の領域の機能は年齢とともに低下するが、これが加齢に伴う記憶力低下の原因の可能性がある一つと述べています。
この研究ではまず、歯状回の機能低下が実際に記憶低下に関連しているという根拠を見つけ、次に、機能低下を止めるか若返らせるための処置を試すことにしました。
無作為比較対照試験は、上記のように食べ物が認知能力に影響を及ぼし得るかどうかを調査するときの、最良の実験方法の1つです。
欠点は、実験の準備や実施に非常に費用がかかる傾向があることであり、そのため(この研究のように)短期間で被験者も少数になりがちで、実験結果をほかの集団に適用するのに限界ができることです。
被験者はどんな人ですか?
この研究では、認知障害のない50歳から70歳のボランティアに、3ヶ月間食事や運動などの生活習慣の指示に従うよう求めました。
指示する前後で、研究チームはボランティアの歯状回領域の脳スキャンを作成し、認知能力をテストして、食事、運動または両方の要素が加齢に伴う認知力低下の徴候に影響を与えるかどうかを調べました。
被験者には病気は無い人を選びましたが、あまり運動をしない人を選び、平均以上に運動する人は除外されました。有酸素運動ができない病気がある人も除外されました。日常的に食事療法をしていたりハーブのサプリメントを摂取していた人も、研究から除外されました。
被験者を4つのグループに無作為に分類しました。
・高フラバノール、有酸素運動の両方(8人)
・高フラバノール、有酸素運動なし(11人)
・低フラバノール、有酸素運動あり(9人)
・低フラバノール、有酸素運動なし(9人)
各グループの人は、年齢、教育水準、性別などの条件は似通っていました。
被験者に指示した無酸素運動は1日1時間を週に4日でした。高フラバノール摂取群は900mgのカカオフラバノールと138mgのエピカテキン(フラバノールの一種)を毎日摂取し、低フラバノール摂取群は1日に10mgのカカオフラバノールと2mg未満のエピカテキンを摂取しました。
フラバノールなどの成分をどこで入手したのかは完全にははっきりしていませんが、インスタントココアといった水分に溶かして飲むためにフラバノールを被験者に小包で与えたと研究者は述べています。
脳スキャンには、加齢に伴って歯状回の機能が低下している部分を正確に特定するために、機能的核磁気共鳴断層画像法(fMRI)の高解像度版を使用しました。fMRIを使うと脳内の血流とその量を見ることができ、それによって脳の活動量がわかります。
認知能力は、ModBentと呼ばれる試験を用いて評価しました。ModBentとは、複雑な画像を何枚か表示し、「直前に見たものとまったく同じように見える図形をできるだけ早くクリックしてください」と指示する、組み合わせを判断させるテストです。複雑な画像を何枚か表示し、「これは直前に見た画像の1つですか?」と尋ねて認識力を計ることもできます。
テストのスコアは、回答スピードと正確に思い出せた回数の両方をつかって算出されます。ModBentスコアは年齢とともに悪化することが以前からわかっていたため、この研究で使われました。
主な研究結果はどのようなものでしたか?
被験者は37人でした。
主な結果としては、高フラバノールサプリメントを投与された人はModBentの回答スピードが有意に速かったものの、正確に思い出せた回数では改善が見られなかったということです。高フラバノール摂取群は、回答スピードが低フラバノール摂取群より平均して630ms速くなりました。
脳スキャンでは高フラバノール摂取群が低フラバノール摂取群よりも歯状回機能が高くなったことが確認され、この実験結果を反映しました。
興味深いことに、脳機能を高める効果は運動とは無関係でした。これまでの研究では、定期的な運動が認知低下を軽減する可能性が示唆されていたため、これは研究者にとって驚きでした。
このことをさらに調査すると、実験で指示した運動がVO2 maxの生理学的変化につながっていないことがわかりました。VO2 maxとは、心臓血管の健康を計る指標の一つで、全力で運動する時に使う酸素の量を測定するというものです。
このことから研究者は、被験者が運動の指示にきちんと従っていなかったので、運動に関する結果は有効ではないと結論付けました。
研究者はどのように結果を解釈しましたか?
研究者らは、「私たちの研究によってカカオフラバノールを摂取すると歯状回機能が強化されることが判明した」、そして認知テストと脳スキャンの結果は「高齢者に見られる歯状回機能の加齢に伴う変化が、認識能力の老化の海馬関連の要素の土台であり、その要素を左右しているという証拠になった」と述べています。
結論
この小規模な無作為比較対照実験では、3ヶ月間ココアフラバノールのサプリメントを摂取すると、歯状回と呼ばれる脳領域の機能を改善するように思われることがわかりました。
歯状回の活動の低下は加齢に伴う記憶低下に関与していると考えられています。高フラバノールサプリメント摂取群は、低フラバールサプリメント摂取群よりも認知能力を評価する試験で回答スピードが早くなりました。
食生活を少し変えるだけで、認知症や加齢に伴う認知機能の低下を止めたり若返らせたりできるという見通しは非常に魅力的ですし、この研究はその可能性を示唆しています。しかし次のような多くの限界があるため、この研究だけでは証明はできません。
・実験規模が小さかった。参加したのはわずか37人で、比較するためにほとんどが10未満のグループにさらに細分されました。
・高フラバノールココアと低フラバノールココアの小包にはカフェインやテオブロミンの含有量にわずかな差があり、フラバノール以外の物質が実験結果に影響を与えた可能性があります。
・回答スピードが改善しただけで、記憶の正確さは改善しませんでした。記憶力の改善は直接的には示されませんでした。単にタスクにもっと注意を払うば回答スピードを改善できるかもしれません。この実験で確認できた回答スピードの変化が日常生活および機能に関して意味のある違いをもたらすかどうかはわかりません。
・定期的に運動したり、ハーブやビタミンサプリメントを摂取していた参加者は、研究から除外されました。つまり、被験者がこのような人だと結果が異なる可能性があります。
・この試験の被験者には認知障害を有する人はいないとのことであり、長期に観察して認知障害や認知症の発症率を調べるということはしていないので、フラバノールを多量に摂取することがこれらを予防する上で有益であるかどうかは不明です。
使用されたココアサプリメントは、試験のために特別に配合されたということも重要です。スーパーマーケットで買ったココアをたくさん飲んでも、砂糖の過剰摂取になる可能性がありますが、必ずしも脳の機能が上がると考えてはいけません。ウエストのサイズなら上がるかもしれませんが。実際、多くのココアは血圧を上昇させ、虫歯のリスクを高めます。