赤ちゃんの母親として心配した物事とは

その他

心配の変化

子供をもうける前、私は自分をとてもありふれた心配をする人だと考えていたように思います。大学では、成績の心配をしていました。職場では、割り当てと締め切りにひやひやしていました。家庭では、週末まで乗り切れるだけの牛乳があるか不安でした。

親になってからというもの、私の心配は少し変わりました。すこしずつ、つまりかなり。私はそれは子供たちを守り彼らの安全、快適、幸福を確保するという自然な欲求から発生したのだと考えています。もしあなたがが高校時代の私にいつか私が「生後三週間の赤ちゃんが便通なしでどれだけすごせるか」とインターネットで検索するなんて言っていたら、私はあなたを信じなかったでしょうね。

親になって、心配はちょっと変わりました。

初産で、心配の洪水が堰を切ったのでした。毎週、赤ちゃんがちっとも習得できなさそうな新しい技術があったのです。2ヶ月、2ヶ月もです!今このときまでに寝返りをするつもりかしら?背中からお腹、それともお腹から背中?私が思い返して可笑しかった事例の1つは私が思っていたようには赤ちゃんが動物の声を知らなかったので心配したというものです。私たちは私の友人と外出していて、彼女にはうちの子より何ヶ月か若い娘がいました。その子はたくさんの動物の鳴き声を知っていて、私は「分かったわ、家に帰ったらすぐに、アヒル、ニワトリ、そしてブタがどんな風に鳴くか分かるまでうちの子に動物の鳴き声を叩き込むの。もし正確にラクダの鳴き声が分からなかったらうちの子はどうなることでしょう??」

赤ちゃんのお母さんになるのはこれで3回目なので、多少は慣れてきました。

今や自分が赤ちゃんのお母さんになるのは3度目なので、私は多少は慣れて気楽な気持ちでいます。しかし、それは心配になることが見つけられないということではないのです!私には2人のもう1つオレンジをむいて、とか「もう1度だけだから!」とキックボードに乗るのを見てとねだり続ける年長の子供がいるのです。私はときどき赤ちゃんに十分な注意を払えないのではないかと心配になります。

うちの3ヶ月の子が、彼を笑わせようとして私が作る馬鹿げた顔や彼がそれ無しで眠ることがないようお気に入りの毛布を洗い続けるようにする方法を覚えていなくたって、私は自分がそうしたことを忘れないと分かっています。私は真夜中の授乳や流しでお風呂に入れてあげたこと、おむつを替えたことを覚えているでしょう。

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